夏の和歌 ゆく蛍(ほたる) 雲(くも)のうへまで いぬべくは
こんにちは
宮川です。
今回も、夏の和歌を鑑賞して参りましょう!
ゆく蛍(ほたる) 雲(くも)のうへまで いぬべくは
秋風(あきかぜ)ふくと 雁(かり)につげこせ
今回の作品は「伊勢物語」第45段「ゆく蛍」に収められています。
意味は
飛びゆく蛍よ、雲の上まで行くけるなら
下界ではもう秋風が吹いてると、雁に告げてほしい
この段の話は、結ばれずに死に別れた男女の物語です。
ざっくり言うと、
ひとりの娘が恋をしたのですが、思いを口に出せないまま恋わずらいし、床についてしまいました。
それを知った親が相手の男に知らせて、男は急ぎ駆けつけてくれたんだけれども、娘はすでに亡くなっていました。
男はそのまま喪に籠もり、宵には亡くなった女を慰めるために管弦を奏します。
ときは水無月(陰暦六月)の末。
日中は暑い夏の日ですが、夜がふけると涼しい風が吹いてきます。
男は飛ぶ蛍を眺めて、この歌を詠みました。
はかなげな光を放ちながら飛び回る蛍は、幻想的ですね。
この男は、もう一首詠んでいます。
暮(く)れがたき 夏(なつ)の日(ひ)ぐらし ながむれば
そのこととなく 物(もの)ぞ悲(かな)しき
意味は
なかなか日が暮れない夏の日に、一日中、物思いにふけっていると
何ということなしにもの悲しい
男はきっと、娘のことを前から知っていたのでしょうね。
もしかしたら、好きだったのかもしれません。
彼女の気持ちは知らなかったから、恋人を失った悲しみとは違うのだけど、自分を好きになってくれていた人が死んでしまったら、いろいろ考えるでしょうね。
気持ちを通じ合わせることなかった相手に対して、喪に服してくれたのは、とてもやさしい人だと思いました。
いかがでしたしょうか?
これからも素敵な歌を、ご一緒に鑑賞して参りましょう!
夏の和歌 ほととぎす 鳴(な)きつる方(かた)を ながむれば
こんにちは
宮川です。
今回も、夏の和歌を鑑賞して参りましょう!
ほととぎす 鳴(な)きつる方(かた)を ながむれば
ただ有明(ありあけ)の 月(つき)ぞ残(のこ)れる
作者は平安時代後期から鎌倉時代初期にかけての公卿・歌人の徳大寺実定(とくだいじさねさだ)です。
百人一首では、後徳大寺左大臣として知られています。
この和歌は「千載和歌集」に収められています。
意味は、
ほととぎすの鳴いた方向を見渡しすと
ただ明け方の明るい月だけが残っている
です。
「鳴きつる」は、ここでは「鳴いた方角」という意味です。
「有明の月」とは、夜が明ける頃になっても空に残って輝いている月のことです。
ほととぎすは和歌では、初夏を表す人気のモチーフです。
ほととぎすの鳴き声に気付いて探してみたけれど、姿は見えない。
かわりに、夜明けの空にぽっかり浮かんでいた月と目が合った、みたいな感じでしょうか。
ほととぎすは夏の訪れを知らせる鳥であり、平安時代には初音(はつね=季節に初めて鳴く声)を聴くことがブームでした。
初音で言えば、私はうぐいすの鳴き声が好きで、春になると、いまかいまかと待ち遠しく思っていたものです。
鳴き声がしないと「ああ、もう来なくなったしまったか」と悲しくなり、鳴き声を聞いて「今年も来てくれた」と一喜一憂していました。
平安の人もきっと、ほととぎすに対して、そんな思いを抱いていたのかもしれませんね。
いかがでしたしょうか?
これからも素敵な歌を、ご一緒に鑑賞して参りましょう!
夏の和歌 夏山(なつやま)に 恋(こい)しき人(ひと)や 入(い)りにけむ 紀秋岑(きのあきみね)
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宮川です。
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夏山(なつやま)に 恋(こい)しき人(ひと)や 入(い)りにけむ
声(こえ)ふりたてて 鳴(なく)く 郭公(ほととぎす)
作者は平安時代前期の歌人、紀秋岑(きのあきみね)です。
この和歌は「古今和歌集」に収められています。
意味は、
夏の山に恋しい人が入ってしまったのだろうか
ほととぎすが声をふりしぼって鳴いている
「けむ」は「~たのだろう」という意味です(過去の行為を推量すること)。
「ふりたてて」は「声を張り上げて」という意味です。
ほととぎすがよく響く声でしきりに鳴くので、山に入ってしまった恋人を恋しがってでもいるのかと思いをめぐらせたのでしょうね。
ほととぎすの漢字表記は、今回の和歌にある「郭公」のほかにも、「時鳥」「不如帰」など、二十を超す異名が存在します。
古くから和歌に詠まれている夏の風物詩の代表です。
「万葉集」には、なんと「鶯」の3倍、153首の歌に「ほととぎす」が詠まれているそうです。
ほととぎすの人気ぶりがうかがえますね。
いかがでしたしょうか?
これからも素敵な歌を、ご一緒に鑑賞して参りましょう!
【夏の歌】夏の夜は まだ宵ながら
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夏の夜(よ)は
まだ宵(よい)ながら
明(あ)けぬるを
雲(くも)のいづこに
月宿(やど)るらむ
「古今和歌集」と「百人一首」に収められてい和歌です。
作者は清原深養父です。清少納言の曾祖父です。
意味は、
夏の夜は、まだ夜が始まったばかりだと思っているうちに、明るくなってきてしまった
雲のどこに、月は宿をとって眠っているのだろう
「宵」は日が暮れてすぐ、夜の始めごろのことです。
「ながら」は同時進行・逆接の副助詞で「~でありながら」という意味です。
「ぬる」は完了の助動詞「ぬ」の連体形です。
この和歌には次のような詞書があります。
月の面白かりける夜、あか月方に、よめる
「面白かり」は、目の前がぱっと明るくなるような、明るく目がさめるような、という意味です。
この詞書から、この和歌は月が明るく美しく見えた夜、まだ夜明け前の暗い時に詠んだということがわかります。
あの明るくてきれいな月はどこの雲に宿っているのかというのは、擬人法的でユーモアを感じます。
明るく輝く月を見ていて、楽しい気分になったことがあります。
月の光があまりに明るく照らして、建物などの影がくっきり見えたりして、夜ではないみたいでした。
この歌もそんな、寝るのが惜しいような月夜を詠んだのかもしれませんね。。。
いかがでしたしょうか?
これからも素敵な歌を、ご一緒に鑑賞して参りましょう!
夏の和歌 彦星(ひこぼし)に 恋(こい)はまさりぬ
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彦星(ひこぼし)に 恋(こい)はまさりぬ
天(あま)の河(かわ) へだつる関(せき)を 今(いま)はやめてよ
この和歌は、『伊勢物語』第九十五段「彦星」に収録されている、有名な夏の和歌です。
主人公の男が、愛しい女性に向けて詠みました。
意味は、
彦星の恋心よりも、あなたへの思いは勝っています
二人の間を隔てている、天の川の関のような簾や机帳を、取り除いてください
「伊勢物語」は、現存する日本の歌物語の中で最古の作品です。
作者も成立年代も不詳でありながら、「竹取物語」と並ぶ、創成期の仮名文学の代表作です。
多くが「むかし男ありけり」の冒頭句をもつことでも知られていますね。
在原業平を思わせる男が主人公で、主人公の恋愛を中心とする一代記的物語です。
この彦星の話は、二條の后に仕えている「男」が、同じ宮中で仕えている女に好意を抱いてアプローチするという内容です。
男は女になかなか会うことができず、でも、なんとか仕切り越しに会うことが叶いました。
簾や机帳をはさんでの対面時に、詠んだのがこの歌です。
七夕の織姫と彦星のラブストーリーを引き合いに出して、
彦星の恋心よりも私のあなたへの思いのほうが勝っています。
だから、天の川のように二人を隔てている簾や机帳を取り除いてください。
と、自分の気持ちをアピールしたのです。
おかげで男の気持ちが女に伝わって、見事、関を取り払い、女と会うことができました
昔に作られた物語ではありますが、「伊勢物語」は今なお古さがなくて、不思議なくらいです。
また、「伊勢物語」から季節の和歌を紹介できればと思います。
いかがでしたしょうか?
これからも素敵な歌を、ご一緒に鑑賞して参りましょう!
夏の和歌 彼岸(かのきし)に 何(なに)をもとむる 斎藤茂吉
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彼岸(かのきし)に 何(なに)をもとむる
よひ闇(やみ)の 最上川(もがみがわ)のうへ(え)の ひとつ蛍(ほたる)は
作者は、明治から昭和の歌人、斎藤茂吉。伊藤左千夫門下であり、大正から昭和前期にかけてのアララギの中心人物です。
彼は精神科医でもあり、病院の院長も務めました。
長男は精神科医で随筆家の「モタさん」こと斎藤茂太。
次男は精神科医・随筆家・小説家の「どくとるマンボウ」こと北杜夫。
そして、北杜夫の娘に随筆家の斎藤由香がいます。文学に秀でた家系なのでしょうね。
歌の意味は、
夕闇の最上川の流れの上を、一匹の蛍が向こう岸に向かって飛んでいく
何を求めて飛んでいくのだろうか
「彼岸」とは、川の向こう岸のことです。
仏教では仏道に精進して煩悩を脱し、涅槃に達した境地をさします。
「よひ闇」とは、月がまだ出ない宵の間の暗やみ。また、その時分のことです。
「最上川」は、山形県を流れる川です。
この歌は、終戦の翌年、疎開先で詠まれたものです。
彼岸に向かっていく蛍に、自分自身の姿を重ねて読んだのではといわれています。
戦争で街は破壊され、戦いに出た人も、残っていた普通の人もたくさん死んで、すべての人は自分の死を身近に感じていたことでしょう。
日が暮れたばかりの宵闇に、大きな最上川に立ったら、蛍がはかなげな光をゆらめかせながら、向こう岸に飛んでいく。幻想的ですね。
川のこちら側が生きている私たちの世界の「この世」、川の向こう側の「あの世」は死後の世界を彷彿させます。
茂吉記念館は山形にあり数年前リニューアルされたそうです。
ウィキペディアで調べたら、茂吉は粘着気質だったとか。興味深いエピソードもありますので、行ってみたいと思いました。
いかがでしたしょうか?
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夏の和歌 鳳仙花(ほうせんか)ちりておつれば 窪田空穂
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鳳仙花(ほうせんか)ちりておつれば
小(ちい)さき蟹(かに) 鋏(はさみ)ささげて 驚(おどろ)き走(はし)る
作者は、明治から昭和の日本の歌人で、国文学者でもある窪田空穂(くぼたうつぼ)です。
「国民文学」を創刊したり、朝日歌壇の選者になったり、早稲田大学の教授を務めたりして、文化功労者になったような方です。
生地の長野県松本市には記念館があって、作品や日本古典文学・短歌に関する資料が紹介されています。
本棟造りの生家も、明治8年の往時の姿のまま保存されているんですって、すごいですね。
この作品は中学校の教科書で読んだことのある人もいることでしょう。
歌の意味は、
鳳仙花の花がぽろぽろ落ちると
その下にいた小さい蟹が驚いて、はさみを上げて走っていくよ
「鳳仙花」はツリフネソウ科の一年草、夏に赤や白の花を咲かせます。
丈夫な草ですので、蟹の住む川べりに、咲いていたのでしょう。
「驚き走る」は、蟹の動きを擬人化した表現です。
あわてたように、ユーモラスに動く蟹のようすが目に浮かびます。
鳳仙花は花の色が鮮やか目を楽しませてくれますが、種が熟したころ、触るとぱんとはじけるのも面白いです。
私が鳳仙花で思い出すのは大島弓子の漫画「ほうせんか、ぱん」です。
主人公の女の子とカッコイイ女友だち、幼なじみの男の子のひと夏の物語。
ちょっとした三角関係の話だったと思いますが、そこで、鳳仙花の種の色を当てるというシーンがありました。
あの漫画はまだ家にあるのかなあ。もう一度読み直してみたいです。
いかがでしたしょうか?
これからも素敵な和歌を、ご一緒に鑑賞して参りましょう!
夏の和歌 葛(くず)の花(はな) 踏(ふ)みしだかれて 色(いろ)あたらし
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葛(くず)の花(はな) 踏(ふ)みしだかれて 色(いろ)あたらし
この山道(やまみち)を 行(ゆ)きし人(ひと)あり
釈迢空
この和歌は、歌集「海やまのあひだ」の中に収録されています。
作者の釈迢空ですが、誰かと思ったら、日本の民俗学者として有名な(私も知っているのですから)折口信夫(明治20年~昭和28年)でした。
彼は、詩人・歌人でもあったのですね。
歌の意味は、
行き逢う人もない山道に、葛の花が踏みにじられて、あざやかな赤紫の色を土ににじませている
この山道を、自分より先に通った人がいるのだなあ
「葛」は、マメ科クズ属のつる性の多年草で、葛粉や漢方薬の原料です。秋の七草のひとつですね。
花は8~9月に、濃紺紫色の蝶形の花を房状に密集して咲かせます。甘い芳香がするそうです。
とても繁殖力が強く、成長も早いそうです。
絡みつく相手を求めながらつるを長く伸ばして、広い範囲で根を下ろします。
除草剤にも強くて、根絶は困難らしいです。
葛はか弱い植物だと思っていました。意外です。
この歌の舞台についてですが、どこかの島の山のようです。
葛がはびこるような草木がうっそうと繁る、どこかの島の山。
あってないような山道をひとり歩いていたら、あざやかな赤紫の葛の花が、踏みにじられていて、その鮮烈な色が目に飛び込んできたのでしょう。
たったひとりと思っていたところ、ああ、この山道を、自分より先に通った人があるのだ、となんだかうれしくなってしまったのはないでしょうか。
いかがでしたしょうか?
これからも素敵な和歌を、ご一緒に鑑賞して参りましょう!
夏の和歌 月や出(いづ)る ほしの光の かはるかな 伏見院
皆様こんにちは
蓬田でございます!
今日も皆様とご一緒に、夏の和歌を鑑賞して参りましょう!
今日の和歌はこちらです。
月や出(いづ)る ほしの光の かはるかな
すずしき風の ゆふやみのそら
伏見院
歌を詠んだ伏見院について、少しご紹介しましょう。
文永二年(1265年)のお生まれ。
弘安十年(1287年)、23歳で践祚(せんそ、天子の位を受け継ぐこと)します。
第九十二代天皇です。
ご在位は、永仁六年(1298年)まで。
文保(ぶんぽう)元年(1317年)53歳で崩御されました。
少年の頃から和歌を好み、京極為兼を師とします。
京極派の有力歌人となりました。
能書家であり(史上最高の能書帝とされます)、多くの宸翰(しんかん、天皇の直筆分)が、重要文化財に指定されています。
歌の意味ですが、
月が出ようとしているのだろうか
キラキラと輝いていた星がの光が少し薄らいだようだ
夏の涼しい夜風が吹いてゆく
夕闇の空である
京極為兼は、事物を詳細に観察し、実感を尊び、繊細で感覚的な心象風景を詠いました。
伏見院は、それに膨らみを持たせ、歌風は天地の息吹が吹き込まれたような王者として風格を漂わせています。
今日の和歌が、皆様の心に感じるところがありましたら幸いです!
夏の和歌 昔(むかし)思ふ(おもう) 草(くさ)の庵(いおり)の夜(よる)の雨(あめ)に 藤原俊成
こんにちは
宮川です。
今回も、夏の和歌を鑑賞して参りましょう!
昔(むかし)思ふ(おもう)
草(くさ)の庵(いおり)の
夜(よる)の雨(あめ)に
涙(なみだ)な添(そ)へそ
山郭公(やまほとどぎす)
この和歌は新古今集に収められています。
作者は、平安時代後期から鎌倉時代初期の公家・歌人である藤原俊成です。
歌の意味は、
昔の優雅な暮らしを思い出して寂しくしているこの草庵に雨が降っている。
山で鳴くほととぎすよ、悲しい鳴き声で、さらに私に涙の雨まで降らそうとさせないでおくれ。
です。
「草の庵」は文字通り、草でふいた粗末な庵、という意味です。
「雨」は、ほととぎすのなく時節なので、ただの雨ではなく、五月雨を示しています。また、涙も暗示しています。
「な・・・そ」は、「な」と「そ」が呼応して、嘆願するイメージの、穏やかな禁止を表しています。
~してくれるな、~しないでくれという意味です。
「山郭公(やまほととぎす)」は、夏になっても山に残っているほととぎすのこと。
ほととぎすには、夏になると山から里に下りてくる習性があります。
俊成は、この歌を詠む2年前に病のために官を辞して出家しました。
この歌は、華やかだった宮中での生活を思い起こしながら、現状のわびしさを詠んだものです。
粗末な家、夜ひとり、しとしと降り続く五月雨、里へ下りるはずのほととぎすが鳴り響かせる鳴き声。
わびしさてんこもりです。
白居易の漢詩が典拠
この歌には典拠があります
白居易(はくきょい)の漢詩です。
蘭省(らんせい)の花(はな)の時(とき)の錦帳(きんちょう)の下(もと)
廬山(ろざん)の雨(あめ)の夜(よ)の草庵(そうあん)の中(うち)
宮中の尚書館では花の時を迎え、錦の幕をめぐらした下で、君たちが光栄に浴しているのだろう。
一方、私は廬山の草庵で一人雨の夜を過ごしている、という内容です。
この歌も華やかな宮中の出来事と、草庵で一人雨の夜を過ごす自分を対比させています。
今日は分かりやすい作品を、と選んでみましたが、思いのほかいろいろな技巧が使われていて、奥深い作品だと思いました。
いかがでしたしょうか?
これからも素敵な和歌を、ご一緒に鑑賞して参りましょう!
