【愛国の歌】ますらをの 元明天皇

ますらをの
鞆(とも)の音(おと)すなり
物部(もののふ)の
大臣(おほまへつき)
楯(みたて)立つらしも
第四十三代 元明天皇

元明天皇は天智天皇の第四皇女でいらっしゃる。

天皇の御治世、和同開珎が発行され、平城京に遷都され、「古事記」が完成した。

「鞆」とは、弓を射る時に左手首の内側につけて、矢を放ったあと、弓の弦が腕に当たるのを防ぐ道具だ。

「大臣」は将軍である。

「楯立つらしも」は楯を立てているらしいの意。

将軍が堂々と陣容を整えている様子が目に浮かぶ。




Posted on 2024-03-13 | Category : コラム, 和歌とともに, 日本の文化 日本のこころ | | Comments Closed

【愛国の歌】古の 高市黒人

古(いにしへ)の
人にわれあれや
ささなみの
故(ふる)き京(みやこ)を
見れば悲しき
高市黒人(たけちのくろひと)

高市黒人は持統天皇、文武天皇に仕えた。

「われあれや」は、わたしはそうではないのにの意。

「ささなみ」は琵琶湖西岸の沿岸一帯。

ここには天智天皇が即位されたとき開かれた大津宮があった。

古き都のあれた様を見て悲しんでいる。




Posted on 2024-03-11 | Category : コラム, 和歌とともに | | Comments Closed

【愛国の歌】東の 柿本人麻呂

東(ひむがし)の
野に炎(かぎろひ)の
立つ見えて
かへり見すれば
月傾(かたぶ)きぬ

柿本人麻呂

柿本人麻呂は古来、歌聖と言われる。
わたしは歌の専門家ではない。
趣味で昔からときどき、和歌を読んで楽しんでいた。
読むだけで、詠んではいない。

柿本人麻呂が和歌歴史上、最高の歌人というのは知っていたけれど、ピンとこなかった。
ここにきて(令和6年3月である)、柿本人麻呂の歌が素晴らしいと思えてきた。

この歌は、軽皇子(かるのみこ)が安騎野(あきの、奈良県の宇陀)で御狩をされたとき、随従していた柿本人麻呂が詠んだ歌である。

東の野に、あけぼのの光がさしてきた。
振り返ると、月は西の山の端に入ろうしていている。

雄大な自然のなかに、これから御狩が始まる緊張が伝わってくる。




Posted on 2024-03-10 | Category : コラム, 和歌とともに, 日本の文化 日本のこころ | | Comments Closed

【愛国の歌】大和には 舒明天皇

大和(やまと)には
群山(むらやま)あれど
とりよろふ
天(あま)の香具山(かぐやま)
登り立ち
国見(くにみ)をすれば
国原(くにはら)は
煙(けぶり)立ち立つ
海原は
鷗(かまめ)立ち立つ
うまし国そ
蜻蛉島(あきづしま)
大和の国は

舒明天皇

「とりよろふ」はいろいろな意味に解釈されているが、ここでは、とりわけ立派な姿をしたの意味にとっておく。

舒明天皇は香具山に登り、国見(国の姿をご覧になること)をされた。

国見は国の姿をご覧になることでもあるが、同時に、国が豊かにならんことをお祈りになる儀式でもある。

香具山からご覧になると、広々とした平野には、カマドの煙があちこちに立っている。

広がる水面には、かもめが飛び交っている。

素晴らしい国である、この大和の国は。

いま香具山から眺めると、広がる水面が見えるのだろうか。

わたしは香具山に登ったことがないので分からない。

当時は水面が広がっていたのかもしれない。

この歌は一見すると、天皇が眼前の風景を詠んだ歌に思えるがそうではない。

国見は天皇の儀式であり、祈りである。

実際にカマドの煙も立っていて、水面が広がっていたのかもしれないが、民が幸せになり、国が豊かになることを神にお祈りされたのである。

舒明天皇が登られた香具山は、天上界にいる神ともっとも近い場所なのだと思う。

舒明天皇は第三十四代天皇でいらっしゃる。西暦でいうと、7世紀前半である。

21世紀になっても、天皇陛下は民の幸せを、お言葉で述べられたり、歌で詠まれたりしている。

1400年を経ても、天皇のお心は変わらない。




Posted on 2024-03-05 | Category : コラム, 日本の文化 日本のこころ | | Comments Closed

【愛国の歌】しなてる 聖徳太子

しなてる
片岡山に
飯(いひ)に飢(ゑ)て
臥(こや)せる
その旅人(たびと)あはれ
親無しに
汝(なれ)生(な)りけめや
さす竹の
君はや無き
飯に飢て
臥せる
その旅人あはれ

聖徳太子

太子は斑鳩の西南にある片岡山に行かれた。

途中、道のほとりに旅人が飢えて倒れていた。

太子は近寄り名前を聞いた。

しかし、旅人はうずくまったまま答えない。答える気力さえないのであろう。

太子は食べ物を与えて、身にまとっておられた衣を脱いで、旅人の肩にかけた。

「安く臥(こや)せ(安らかに休むのですよ)」

優しく声を掛けた。

このとき、この歌をお詠みになった。

「万葉集」に収められ、後世に伝わっている。

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「しなてる」は「片岡」の枕詞。

「親無しに 汝(なれ)生(な)りけめや」は、親がなくて、生まれてきたのではなかろう。

「さす竹の」は「君」の枕詞。

「君」は諸説ある。使える君主、あるいは妻や恋人。

使える君主はいないのか、あるいは愛しい妻はいないのか。

太子は次の日、おつきの者に、旅人がどうなっているか見にいかせた。

残念ながら、旅人は死んでいた。

太子は大層悲しみ、塚をつくって葬った。




Posted on 2024-03-04 | Category : コラム, 日本の文化 日本のこころ | | Comments Closed

【愛国の歌】八雲立つ 須佐之男命

八雲立つ
出雲八重垣
妻ごみに
八重垣つくる
その八重垣を
須佐之男命

須佐之男命は高天原で乱暴を繰り返し、姉君天照大御神から高天原を追放されてしまった。

出雲に降り立った須佐之男命は、これまでの乱暴を悔い改めたのか、心優しい勇猛な神となり、老夫婦を苦しめていた大蛇を退治する。

老夫婦の娘、クシナダヒメを妻として、新たな生活を始めた。

須佐之男命はクシナダヒメとの新婚の宮をおつくりになった。

その嬉しさがこの歌には溢れている。

わたしなりにこの歌を現代語にしてみよう。

天を幾重にも覆って沸き立つ雲
大切な妻をこもらせるため
多くの垣に囲まれたこの宮を建てた
新居を包む壮大な雲の重なりよ

須佐之男命は出雲の鳥髪という場所に降りった。
グーグルマップで鳥髪を探すと、「鳥上」が出てくる。このあたりであろうか。




Posted on 2024-03-03 | Category : コラム, 和歌とともに, 日本の文化 日本のこころ | | Comments Closed

【愛国の歌】ふる道に 二宮尊徳

ふる道に
つもる木の葉を
かきわけて
天照す神の
足跡を見ん
二宮尊徳

「ふる道」とは古代から今に生き続けている道、神道の道、すなわち惟神(かんながら)の道である。

「木の葉」とは、外国から入って来た教え、つまりは漢意(からごころ)である。

誰もが、特段に外国のことを勉強しなくても、知らず知らずのうちに外国の思想を良いものとして受けいれてしまう。

それが積み重なると、日本古来のよきものが隠れてしまって気づかなくなってしまう。

尊徳翁は当時のそういう風潮を憂え、自身をも戒めたのであろう。

この憂えは尊徳翁が生きた江戸時代だけでなく、明治から令和にいたる現在まで、連綿と続いている。

江戸や明治の時代は漢意が大きかったけれど、大和心も大きかった。

大東亜戦争に負け占領されて以降、大和心が小さくなってしまったぶんだけ、いまのほうが深刻だ。

漢意を勉強しどう日本に取り入れていくのかは永遠の課題である。

漢意を勉強して日本に取り入れるまえに、自分のなかにある大和心に気づき、大和心を軸としていないと、ふらふらしてしまうであろう。

軸がないふらふらした状態の人は、外から付け込まれてしまう。

異国の文化に接したとき、そのまま受け入れるのではなく、日本の国情、国柄にあわないものは受け入れず、日本の国柄にあうよう造りかえて、日本のものとするという態度が、古来から日本人が行ってきた漢意への対応であり、これからも必要なのである。




Posted on 2024-03-02 | Category : コラム, 日本の文化 日本のこころ | | Comments Closed

【愛国の歌】敷島の 本居宣長

敷島の
大和心を
人問はば
朝日に匂ふ
山桜花
本居宣長

本居宣長はこの歌で、大和心の神髄をあらわした。

桜は日本人の心を象徴する花だ。

公園や道路に植えられている、人の手が入った桜の花も勿論いいが、本居宣長は山に咲いている野生の桜だと言っている。

しかも昼間や夕方の桜ではなくて、朝日に照らされた桜なのだ。




Posted on 2024-03-01 | Category : コラム, 和歌とともに | | Comments Closed

【愛国の歌】しきしまの 明治天皇

しきしまの
大和心の
をゝしさは
ことある時ぞ
あらはれにける

明治天皇御製

わたしたちは誰もが大和心を持っている。
でも普段はそのことに気づかない。

いまは「ことある時」、国家の一大事のときである。
大和心を持っていることを思い出してみよう。

ほこりがついているかもしれない。
払ってみよう。
輝きを取り戻すだろう。

そのことに気づいたとき、いまの様々な問題が解決に向かって進み始めるのでしょう。




Posted on 2024-02-29 | Category : コラム, 和歌とともに, 日本の文化 日本のこころ | | Comments Closed

【愛国の歌】異国の 貞明皇后

異国(ことくに)の
いかなる教(おしへ)
入り来るも
とかすはやがて
大御国(おほみくに)ぶり
貞明皇后

貞明(ていめい)皇后は大正天皇のお后でいらっしゃる。

上代、儒教が日本に入って来た。

仏教が入った。

それから1000年後、キリスト教が入った。

ほかにも、道教が入ったりいろいろな思想が入って来た。

そうしたいろいろな教えは、日本人を飲み込まなかった。

日本人はそうした教えを溶かして、日本古来の伝統と混ぜ合わせて造り変えた。

造り変える力は、日本が日本であり続ける、日本の神髄である。




Posted on 2024-02-29 | Category : コラム, 和歌とともに, 日本の文化 日本のこころ | | Comments Closed