新春の和歌 「音立てて 氷ながるる」 桂園一枝 香川景樹(かがわかげき)
[訳:蓬田修一]
音立てて 氷ながるる 山水に
耳もしたがふ はるは来にけり
[現代語訳]
山の川では解けた氷がぶつかりあいながら音をたてて流れている
その音は耳に心地よい 今年わたしは耳順(じじゅん)を迎えた
[ひとこと解説]
耳順(じじゅん)は論語にあることば。論語・為政(いせい)に「六十にして耳順(みみしたが)ふ」とある。六十歳になって、ようやく他人の意見に素直に耳を傾けられるようになったという意味。
香川景樹(かがわかげき)が六十歳を迎えた新春に詠んだ歌である。
新春の和歌 「けふ明けて きのふに似ぬは」 貫之集 紀貫之
[訳:蓬田修一]
けふ明けて きのふに似ぬは みな人の
心に春ぞ 立ちぬべらなる
貫之集 紀貫之
[現代語訳]
元日のきょうが明けて きのうとは似ていないと感じるのは 人々みなの
心に春が やってきたからのようだ
雪の和歌 「冬ながら 空より花の」 古今和歌集 清原深養父(きよはらのふかやぶ)
[訳:蓬田修一]
雪の降りけるをよみける 清原深養父(きよはらのふかやぶ)
冬ながら 空より花の 散りくるは
雲のあなたは 春にやあるらむ
古今和歌集
[現代語訳]
雪が降ったことを詠む 清原深養父(きよはらのふかやぶ)
冬なのに 空から花が 散ってくる
雲の向こうは もう春ではなかろうか
古今和歌集
[ひとこと解説]
作者の清原深養父(きよはらのふかやぶ)は、「枕草子」を書いた清少納言の曾祖父。二句目、空から散る雪を花に見立てている。
新春の和歌 「初春(はつはる)の 初子(はつね)の」 万葉集 大伴家持
[訳:蓬田修一]
初春(はつはる)の 初子(はつね)の今日(けふ)の 玉箒(たまははき)
手にとるからに ゆらぐ玉の緒
右の一首、右中弁大伴宿禰家持(おおとものすくねいえもち)の作。ただし、大蔵の政に依りて、奏し堪(あ)へず。
万葉集
[現代語訳]
初春の 初子(はつね)の今日の 玉箒(たまほうき)
手に取ると 揺れ鳴る玉の緒
右の一首、右中弁大伴宿禰家持(おおとものすくねいえもち)の作。ただし、大蔵省の勤務の都合により、奏上できず。
[ひとこと解説]
この歌は「新古今和歌集」巻七賀歌にもとれらているが、読み人しらずとしてある。
玉箒(たまほうき)は正月最初の午の日、蚕室(さんしつ)を掃(は)くために使った箒(ほうき)。寿命を意味する玉を飾る。玉の緒は、玉箒の玉を通した紐(ひも)。玉箒を揺らすと魂が活発となり邪気を払うとされた。揺れる玉の緒とともに、命も清らかに揺らぐ心情を表現している。群臣達は天皇から玉箒を拝領したのちに、新年の宴会となったという。
新春の和歌 「年月(としつき)は 新(あら)た新(あら)たに」 万葉集 大伴村上
[訳:蓬田修一]
年月(としつき)は 新(あら)た新(あら)たに 相見(あひみ)れど
我(あ)が思(も)ふ君は 飽き足(だ)らぬかも
右の一首、民部少丞(みんぶのせいじよう)大伴宿禰村上(おおとものすくねむらかみ)
万葉集 巻二十
[現代語訳]
年月が改まって さらに一層新鮮な気持ちで お会いしますが
わたしが慕う君は 見飽きないことです
右の一首、民部少丞(みんぶのしょうじょう)大伴宿禰村上(おおとものすくねむらかみ)
[ひとこと解説]
我(あ)が思(も)ふ君とは、主人の大伴家持のこと。
新春の和歌 「新しき 年の初めに」 万葉集 道祖王(ふなどのおほきみ)
[訳:蓬田修一]
新(あらた)しき
年の初めに
思ふどち
い群れてをれば
嬉(うれ)しくもあるか
右の一首、大膳大夫(だいぜんのだいぶ)道祖王(ふなどのおほきみ) 万葉集
[現代語訳]
新しい 年の初めに
気の合う仲間同士で
集まっていると
嬉しいものだ
右の一首は、大膳大夫(だいぜんのだいぶ)道祖王(ふなどのおおきみ) 万葉集
[ひとこと解説]
大膳大夫(だいぜんのだいぶ)は宮内省大膳職の長官。大膳職は官庁の食事を司る。
新春の和歌 「新しき年の初めは」 万葉集 大伴家持
[訳:蓬田修一]
天平勝宝(てんぴやうしようほう)三年
新(あらた)しき 年の初めは いや年に
雪踏(ふ)み平(なら)し 常(つね)かくにもが
右の一首の歌、正月二日に、守(かみ)の館(むろつみ)に集宴す。ここに、降る雪殊(こと)に多く、積みて四尺あり。即(すなは)ち主人(あろじ)大伴宿禰(すくね)家持この歌を作る。
万葉集 大伴家持
[現代語訳]
天平勝宝三年
新しい 年の初めは 年ごとに
雪を踏んで平らにし いつもこうありたい
右の一首の歌は、正月二日に、守(かみ)の館(やかた)で宴を催した。このとき、降雪がことのほか多く、積もること四尺にもなった。そこで主人の大伴宿禰家持はこの歌を作った。
[ひとこと解説]
天平勝宝三年は751年。家持34歳。正月の大雪は吉兆の前触れ。雪踏み平しは、大勢の人たちが家持のもとを訪れ、大雪が積もった道も平らかになること。
新春の和歌 「新しき年の初めの」 万葉集 大伴家持
三年春正月一日に、因幡国(いなはのくに)の庁(ちやう)にして、饗(あへ)を国郡の司等に賜ふ宴(うたげ)の歌一首
新(あらた)しき 年の初めの 初春の
今日(けふ)降る雪の いやしけ吉事(よごと)
万葉集 大伴家持
[現代語訳]
三年春正月一日に、因幡国の庁で、国司郡司らをもてなした宴での歌一首
新しい 年の初めの 初春の
きょう降る雪のように どんどん積もれ良いことが
万葉集 大伴家持
[ひとこと解説]
三年は、天平宝字三(759)年。正月に降る雪は豊年の前兆とされた。この歌は万葉集全巻、最後の歌。
(M&C編集部 蓬田修一)
【新春の和歌】 新しき 年の初めに(万葉集) 葛井連諸会(ふぢゐのむらじもろあひ)
葛井連諸会(ふぢゐのむらじもろあひ) 詔(みことのり)に応ふる歌一首
新しき 年の初めに 豊(とよ)の稔(とし)
しるすとならし 雪の降れるは
万葉集
[現代語訳]
葛井連諸会(ふじいのむらじもろあい)が天皇のお言葉にこたえて詠んだ一首
新しい 年の初めに 豊かな実りの
前兆となるでしょう 雪が降るのは
こんにちは 蓬田です!
天平十八年(756年)1月、橘諸兄(たちばなのもろえ)たちが御所の雪かきをしました。
元正天皇は橘諸兄たちを招き酒宴を開きます。その席で、元正天皇が雪を題材にして歌を詠んでみよとおっしゃいます。そのときに詠われた歌のひとつです。
中国の習慣で、雪は豊作の前兆。この歌はそれを踏まえたものです。
作者の葛井連諸会(ふぢゐのむらじもろあひ)は渡来人で、もとは白猪史でした。
百済の午定君の三子が分れて、白猪史、船史、津史になりました。
葛井というのは、河内国志紀郡藤井に由来しています。
【新春の和歌】あたらしき 年の始めに 古今和歌集
おほなほひの歌
あたらしき 年の始めに かくしこそ
千年(ちとせ)をかねて たのしきをへめ
古今和歌集 巻第二十 大歌所御歌(おほうたどころのおほんうた)
[現代語訳]
おほなほひの歌
新しい年の初め このように
千年もの先も 毎年楽しきことを存分になしつくそう
こんにちは 蓬田です!
この歌は、古今集の最後の巻「大歌所御歌(おほうたどころのおほんうた)」の巻頭に収められています。
「大歌所(おおうたどころ)」とは、儀式や神事で演奏する音楽を司り、楽師の養成をした役所です。
詞書にある「おほなほひ」とは、新嘗祭(五穀豊穣を感謝し、神とともに新穀をいただく神事)の際に行われる宴です。
「大歌所御歌(おほうたどころのおほんうた)」の巻に載せられているところからすると、歌の本来の意味は、「あたらしき年」というものの、お正月、新春という意味ではなく、新穀が収穫され、次の年も五穀豊穣を願うということのように考えられますが、どなたかご存じの方、ご教示いただけたら有難いです!
最後の句「たのしきをへめ」ですが、「へめ」が「つめ」になっていることもあります。
「へめ」だとやりつくそう、「つめ」だと積み重ねよう、という意味になります。
和歌はいろいろな人によって書き写されて伝わってきたのです、誰かが写し間違えると、そのあとはずっと間違った表現が伝わっていくことになります。
和歌が本によって違うことがあるのはそういうわけです。この歌も、誰かがどこかで書き間違ったようです。
