【春の歌】梅の花 右兵衛督公行(きんゆき)
梅の花をよめる
梅の花
にほひを道の
しるべにて
あるじもしらぬ
宿(やど)にきにけり
右兵衛督公行(きんゆき)
歌の意味は、
梅の花の
香りを道案内にして
主人が誰かも
知らない家に
いつの間にか来てしまった
となる。
和漢朗詠集に
遥かに人家を見て
花あればすなはち入る
貴賤と親疎とを論ぜず
とあるのを知り、手元の和漢朗詠集を紐解いたが、わたくしの探し方がよくないのか見つからなかった。
白楽天の歌である。
公行(きんゆき)は、白楽天のこの歌を下敷きに詠ったかどうかは分からないが、香りに誘われ、漂うその方向へふらふらと歩き続け、気が付けば知らない人の家の前に立っていたとは、素直な歌で気持ちはわかる。
でも本当にそんなことがあるのか?
白楽天も公行(きんゆき)も、実際はそういうことはしていないのだろう。
貴族が屋外で、匂いに誘われているとはいえ、ふらふらと歩きまわることは想像しにくい。
この歌はフィクションなのであろう。
フィクションとして詠んで、歌を聞いている人たちもフィクションであることを知ったうえで楽しんだのではあるまいか。
この歌に限らないが、和歌の世界では、実際の風景をリアルに詠うのはまれである。
眼前の風景とか、歌枕とか、そういうみんなと共有している世界をもとに、作者は空想の世界を描き出す。
そこが和歌の世界観であり、和歌を詠む楽しみ、和歌を鑑賞する楽しみである。
この歌は「詞花和歌集」に収められている。
「詞花和歌集」は仁平元年(1151)、崇徳院の院宣により編纂された。
崇徳院は保元の乱に敗れ、讃岐に遷りになり、かの地で崩御された。
歌集の撰者は藤原顕輔である。彼は、950年ごろから詞花集編纂までのおよそ200年間から和歌を選んで歌集を編んだ。