【夏の歌】五月待つ よみ人知らず
五月待つ
花橘の
香をかげば
昔の人の
袖の香ぞする
よみ人知らず
古今和歌集、巻三夏に所収されている歌です。
歌の大意は読んでそのまま、簡単に取れますね。
意味を確認しましょう。
五月を待って咲くという
橘の香りをかぐと
昔親しかった人の
袖の香りを思い出す
橘の花は、万葉の時代から、花、葉、実の美しさが際立ち、ときを越える存在と考えられていました。
この歌は橘の不変のイメージを、懐かしさへと転用して詠っています。
「五月待つ」は、橘の花は五月になってから咲くという考え方を表しています。
「昔の人」は、詠者が昔かかわった恋人でしょう。
「袖の香」は、袖に焚き染めた香り。橘は香木ではないので、橘そのものの香りではなくて、橘に似た香りを焚き染めたと思われます。
香り、匂いは、記憶を瞬間的に呼び覚まします。
わたしは、街なかを歩いていて、ふとどこからか漂ってきた匂いを嗅いだとき、20年も30年も前の記憶を突然思い出した経験が何度もあります。
平安時代の歌人たちもこの歌に大変共感したらしく、この歌はたくさんの本歌取りを生みました。
「伊勢物語」六十段では、別れた夫が元妻に向けてこの歌を詠んでいます。
古今和歌集について
「古今和歌集」は言わずと知れた勅撰第一歌集である。
四季の歌、恋の歌を中心に、平安朝初期からおよそ100年間の名歌1100首を、時間の経過や歌の照応関係に留意しながら、20巻に整然と配列する。
日本人の美意識を決定づけた和歌集である。
醍醐天皇はときの有力歌人四名をお選びになり、勅命をくだして歌集編纂にあたらせた。
ただし、これら撰者たちは万葉集を勅撰第一歌集とみなしていた。
撰者たちは編纂を進め第一段階の歌集ができたとき、それを「続万葉集」と名付けていたことから分かる。
その後も編纂作業を進めて、延喜五年に完成させ、名称を「古今和歌集」とした。
古(いにしえ)と今(いま)の歌を集めたのである。
その後、古今集は我が国筆頭の歌集として、今に至るまで1000年以上にわたって、受け継がれてきたのである。
世界を見渡して、1000年以上前の書物を、これほど多くの国民がいまでも親しんでいる国はない。
世界に誇る我が国の文化遺産であり伝統である。