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西洋美術 鑑賞入門 旧約聖書「天地創造」


聖書が分かると美術鑑賞がより楽しく
西洋の美術作品、特に印象派以前の絵画作品は、聖書やギリシャ神話を知らないと、鑑賞が難しいのが多いんですよね。

わたし自身、美術に関心を持ち出して、美術展に行くようになって、痛切に感じたことです。

美術関連のサイトを運営しているんですが、そこにメッセージを寄せてくれる人の中には、わたしと同じ悩みを持っている人たちがたくさんいることを知りました。

そこで、まずは聖書について、美術を鑑賞するうえで最低限の知識や常識のようなものを整理して、少しでもみなさんの美術鑑賞のお役に立ったら嬉しいと思って、書いてみることにしました。

あくまで、美術鑑賞にあたってのごく基本的な聖書理解なので、聖書やキリスト教の教義の解釈には立ち入りません。

と言いますか、私はキリスト教徒ではありませんし、学校や教会などでキリスト教を専門に学んだこともないので、とても深く立ち入れません。

教義について、いろいろな解釈を議論、吟味するのは、それはそれで有意義で興味深いことではありますが、それはわたしの手に余ることでありますし、美術鑑賞にとっては必ずしも必要ではないので、ここでは立ち入らないことにします。

ちなみに、わたしのキリスト教との出会いというか受容というようなものについて、少しお話しておきます。

若い頃、周囲にキリスト教徒の友人・知人がたくさんいたことがあって、当時、彼ら・彼女たちに誘われて、日曜日によく教会に行っていました。2年間ほどの期間です。

その時期、ある教会の牧師先生と親しくなって、その牧師先生の自宅に呼ばれていっしょに食事したり、いっしょに出かけたこともありました。

そんな限られたわたしのキリスト教経験ですが、キリスト教や信者の考え方や生活の一旦をちょっと知ることができました。それはいま美術を鑑賞するうえでも役立っていると感じています。

神と人間との「契約」
話を戻しまして、「こんなことを知っていたら、美術鑑賞がもっと楽しめますよ」というごく初歩的な内容を、今回からシリーズでお伝えできればと思っております。

聖書にはご存じのとおり、「旧約聖書」と「新約聖書」があります。私は最初、旧「訳」、新「訳」かと思ってました。何か古い教典があって、それを何かの言語に訳した、その順番なのかと、何となく考えていたのです。(そう考えていた人、案外多いのではないでしょうか?!)

正しくは、「約」は「契約」の意味で、神と人との関係を「契約」として捉えています。これは古代イスラエルの思想です。

そして「旧約」とは、イエス出現以前に神と人とが交わした契約であり、「新約」はイエス出現後に神と人とが交わした契約になります。

神と人との関係を「契約」として捉える、ここが日本とは随分違いますね。日本には「八百万(やおよろず)の神」と言われるように、たくさんの神様がいらっしゃいますが、そうした神様と人との関係を「契約」とは考えていない人がほとんどでしょうね。

これは民族の歴史や文化の話ですから、別にどっちが優れているとかそういう話でないです。

「言葉」と「わざ」で万物を創造
まずは「旧約聖書」から見ていきましょう。旧約聖書は、キリスト教徒以外にも馴染みがあって、興味深いエピソードがたくさんあるので、ファンタジー小説を読んでいるようで面白いです。    

旧約聖書はユダヤ教の教典です。ヘブライ語で書かれいて(一部アラム語)、紀元前2世紀頃にイスラエルの学者によってまとめられました。

今回は旧約聖書の冒頭、「天地創造」についてです。有名ですよね、神様が1週間、というか6日間で世界を作られた、という話。神は「言葉」と「わざ」によって、「万物」を「創造」したのだといいます。

興味深いですね! 個人的には、カギ括弧でくくった4つの言葉を吟味したいところですが、それはまた別の機会にしましょう!

世界の原初の状態は「混沌」と「闇」でした。聖書の言葉を見てみましょう。
「地は形がなく、何もなかった」
「闇が大いなる水の上にあった」
そこで、神が
「光よ、あれ」
と言うと、光ができて、光と闇が分かれました。
神は光を昼と名付け、闇を夜と名付けました。これが第1日目です。

2日目、神は
「大空よ、水の間にあれ」
と言いました。すると、大空が作られ、その大空を「天」と名付けました。そして、水が大空の下と上に分けられました。大空の上と下に分けられたとはどういうことでしょう? わたしにはよく分かりません。とにかくこれが2日目です。

3日目、神は
「天の下の水は一所(ひとところ)に集まれ」
と言いました。それから、
「乾いたところが現れよ」
とも言いました。
こうして海と大地ができあがりました。
それから、神は大地に植物を芽生えさせました。

4日目、神は「光るものは、天の大空にあって、昼と夜とを区別せよ」と仰せられ、ふたつの光るものを作りました。大きい方の光るものに昼をつかさどらせ、小さい方に夜をつかさどらせました。太陽と月ですね。それから、星をつくって、天の大空に置きました。

5日目、神は海に魚を、大地に鳥を作りました。

6日目、地上の獣、家畜、すべての生物を作り、最後に神自身の姿に似せて、人間を作りました。そして、人間にすべてのものを支配させました。

こうして神は創造した天地万物に満足し、7日目は休息の日としました。さらに、7日目を祝福して、聖なる日としたのです。これが1週間(7日間)の起源となります。

人間にすべてのものを支配させたのは興味深いですね。「人間中心主義」です。歴史上、キリスト教徒たちが自然を征服していくのは、こうした教義が根本にあるからかな??とは想像します。

同時に、神が人間に万物を支配させたのは、大自然に対する人間の責務を表明しているのだという考え方もあります。

神が創造したもの
1日目 光と闇 昼と夜
2日目 大空と水 
3日目 地上と海 植物
4日目 太陽と月と星
5日目 魚と鳥
6日目 地上の生き物と人間
7日目 天地万物が完成して満足し、休息をとった。聖なる日とした

天地創造の美術作品
2点紹介しておきましょう。まずは、ヤン・ブリューゲル(子)が描いた作品。太陽、月、大地、植物が神によって創造されています。
ヤン・ブリューゲル子 天地創造

これは、ミケランジェロが描いたシスティーナ礼拝堂の天井絵の一部。光と闇の分離。1日目の出来事ですね。
システィーナ礼拝堂 ミケランジェロ 光と闇

次回は「アダムとエバ」を解説します。

※間違いなどがありましたら、ご指摘いただければ幸いです。



Posted on 2020-02-24 | Category : アートに誘われて, コラム | | Comments Closed
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