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ロックの終点であり出発点──ビートルズ「Tomorrow Never Knows」の衝撃





文・M&C編集部

1966年、ロックはある種の臨界点を迎えた。

ビートルズのアルバム『Revolver』のラストを飾る「Tomorrow Never Knows」は、単なるアルバムの中の曲という枠を超え、音楽そのものの可能性を根底から揺るがした。

たった3分のあいだに、東洋思想・サイケデリック体験・電子音楽・即興性のすべてが凝縮されている。その音は、言ってみれば「未来」ではなく、「別の次元」からやってきたものだ。

◆ 歌詞:チベットの死者がささやくロック

ジョン・レノンがこの曲に託したのは、愛でも革命でもない。彼の興味はすでに精神世界へと移行していた。

ティモシー・リアリーらが編纂した『The Psychedelic Experience』は、LSD体験の導入書にして、チベット仏教的「死と再生」のマニュアルだ。

その一節が、「Turn off your mind, relax and float downstream(心を閉じ、くつろいで流れに身を任せよ)」という、今やあまりに有名な歌い出しとなる。

このフレーズを皮切りに、歌詞は輪廻や無我、精神的覚醒といった内容を、反復と否定形で覆っていく。

レノンは、エゴの死と魂の浮上を音楽で描こうとした。これは「ラブソングの終焉」であり、ロックにおける「精神性の始まり」である。

◆ 曲構造:Cコードの永遠、あるいは曼荼羅

曲構造としての「Tomorrow Never Knows」は、常識的な意味での「楽曲」ではない。

キーはCで、コードは基本的にはCのまま変化しない。むしろ「進まないこと」が前提となっているようだ。西洋音楽が築いてきた「調性と展開の美学」への、意識的な裏切りでもある。

インド音楽におけるドローンやチャンティングの手法を、レノンは歌に取り入れた。旋律は単調だが、そのぶん聴き手は音のうねりや感覚の変容に注意を向けざるを得ない。

これはもう、音楽というよりマントラに近い。ミュージシャンというより現代の導師(グル)を目指していたとすら言える。

◆ サウンド:テープ・ループが開いた音の宇宙

「Tomorrow Never Knows」を語るうえで、最も革新的だったのが音響処理である。

ポール・マッカートニーはレコーディングにあたって、数種類のテープ・ループを持ち込んだ。逆回転ギター、サックスの悲鳴、鳥のような電子音──それらがリアルタイムでミキシングされ、サウンドそのものが即興のコラージュとなっていく。

ジョンのボーカルはレスリースピーカーに通され、オルガンのような異世界の声に変貌。ドラムは極端な圧縮でトライバルな地鳴りに化け、曲全体が「幻聴的な音場」を形成している。

このサウンドは、後のエレクトロニカ、ダブ、ヒップホップ、アンビエント──あらゆる電子音楽の源泉となる。それほどまでに、この曲はロックの外側に立っている。

◆ レコーディング:4トラック録音の限界突破

録音は1966年4月6日。

エンジニアのジェフ・エメリックの独創的なマイク処理が功を奏する。

たとえばジョンの「宙に浮かぶ声」。これは、ヴォーカル・マイクを直接レスリースピーカーに繋ぎ、回転するスピーカーの揺らぎやうねりをそのまま録音するという、当時前例のない手法だった。

さらに、ポールが持ち込んだテープ・ループを複数の再生機で同時に流し、手動でミックス卓にフェードインさせるという、実質的に「DJ的ライブ・ミキシング」を行った。

これはすでに「演奏」ではなく「演出」であり、音楽制作がアートになった瞬間だ。

◆ この曲がなければ現代音楽は存在しなかった

「Tomorrow Never Knows」は、ロックの終着点として誕生し、気づけば未来の出発点となっていた。

ブライアン・イーノはこの曲の進化系をアンビエントとして定式化し、トリップ・ホップやテクノ、シューゲイザー、ドローンといったサウンドは、すべてこの曲の子孫と言ってよい。

ピンク・フロイドの『Echoes』、レディオヘッドの『Everything in Its Right Place』、あるいはアンダーワールドやボーズ・オブ・カナダの深層音響──それらは皆、「Tomorrow Never Knows」の背後にある扉の向こう側を旅しているのだ。

◆ 「明日など知るものか」

「Tomorrow Never Knows(明日なんて誰にも分からない)」という言葉ほど、この曲を言い表すものはない。

ジョン・レノンの精神世界への扉が開き、ビートルズがポップソングの枠を踏み越えたその瞬間に、音楽の未来そのものが不可逆的に変わってしまったのである。

この曲を初めて聴く人は、戸惑うかもしれない。だが二度目に聴いたとき、きっとこう思うだろう。

「これは1966年の音楽ではない。まだ誰もたどり着いていない場所から来た音楽だ」と。




Posted on 2025-08-04 | Category : コラム, 音楽のこころ | | Comments Closed
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