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錯綜する哀愁と構築美──ゾンビーズの音楽的特異性と60年代英国ロックへの貢献


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文・M&C編集部

1960年代の英国ロック・シーンは、いわば音楽的革命の坩堝であった。ビートルズに端を発するブリティッシュ・インヴェイジョンは、アメリカ市場においても確固たる地位を築き、ローリング・ストーンズやザ・フーが続き、キンクスが英国風の市井の抒情を奏でるなか、その渦中にありながらも、ひときわ異彩を放っていたのがゾンビーズ(The Zombies)である。

彼らの音楽はしばしば「バロック・ポップ」と呼ばれ、同時代の多くのバンドがブルースやR&Bに傾倒する中、クラシック音楽やジャズ、そして文学的な感性を基盤にした緻密な音楽構造を持っていた。

ゾンビーズの楽曲、サウンド、レコーディング、そして文化的影響について論じる。

I. ゾンビーズの音楽的特徴──旋律と調性の迷宮

ゾンビーズの音楽的魅力は、一言でいえば「メランコリックな叙情と構造的洗練の共存」である。彼らの最大のヒット曲「She’s Not There」(1964年)は、印象的なエレクトリック・ピアノ(ホーナー・ピアネット)の導入部と、ロッド・アージェントのジャジーなコード進行、そしてコリン・ブランストーンの透き通るようなヴォーカルが特徴的だ。

ブルース進行や単純な三和音で構成された曲が多かった当時にあって、この曲の旋律の流れとハーモニーの転調の巧妙さは、際立っていた。

特筆すべきは、彼らの楽曲がしばしばマイナーキーを基調としており、哀感と抒情を湛えていた点である。「Tell Her No」(1965年)における反復的なメロディラインとストップ&ゴーのリズム処理、また「I Love You」(のちにPeople!のカバーで全米ヒット)に見られる陰影に富んだコード進行など、彼らの音楽は常に「ポップスの内的深化」を目指していた。

II. レコーディングの緻密さと先鋭性──『Odessey and Oracle』の革新

ゾンビーズの到達点とも言えるアルバムが、1968年に発表された『Odessey and Oracle』である。このアルバムは、当時解散を決めていた彼らが、最後の作品としてセルフ・プロデュースでアビー・ロード・スタジオを使用して録音したものだ。

使用されたテープは4トラックであり、ビートルズの『Sgt. Pepper’s〜』と同時期の技術的制約下にあったが、むしろその限界が彼らの創造性を刺激した。

ロッド・アージェントとクリス・ホワイトのソングライティングは、どの曲も室内楽的な配慮に満ちており、「Care of Cell 44」のジャングリーなピアノのリフ、「This Will Be Our Year」の希望に満ちたホーン・アレンジ、「Brief Candles」の三者三様のヴォーカル・パートによるコントラスト、そして最終曲「Time of the Season」におけるファンキーなベースラインとパーカッシヴなブレス入りのヴォーカルなど、録音芸術としての完成度は極めて高い。

とりわけ「Time of the Season」(1968年)は、後追いでアメリカにて大ヒットした。問いかけと応答を繰り返すセクシャルな歌詞と、それを支える乾いたスネアドラムとエレクトリック・ピアノのリフは、サイケデリック後期の空気を濃厚に孕んでおり、ビートルズの「Come Together」やドアーズの「Riders on the Storm」に通じるような密室性と開放感の二律背反を実現している。

III. サウンドの特異性──ピアノと声、そして空気感

ゾンビーズの音の核は、ロッド・アージェントの鍵盤サウンドと、コリン・ブランストーンのヴォーカルにある。アージェントの演奏は、当時としては珍しくクラシック教育を受けた背景が色濃く表れ、単なるコード伴奏に留まらず、旋律と対位法的な動きを構成する要素としてピアノが機能していた。

また、メロトロンの使用も特筆に値する。『Odessey and Oracle』においては「Hung Up on a Dream」などで効果的に使用され、幻想的な音響空間を創出している。

一方、コリン・ブランストーンのヴォーカルは、同時代のミック・ジャガーやロジャー・ダルトリーのような攻撃的な個性とは対極にある。彼の声は透明感がありながらも、内省的で、どこか儚い。

これは、60年代後半から70年代にかけて続く英国的叙情性──ニック・ドレイクやスコット・ウォーカーへと連なる流れの萌芽とも言えよう。

IV. 文化的影響──「時代に選ばれなかった」バンドの逆説的成功

ゾンビーズは、時代の先端を走ったバンドではなかった。実際、『Odessey and Oracle』はリリース当初まったく売れず、彼らはすでに解散していた。だが、1970年代以降、そのアルバムはミュージシャンや批評家の間で「失われた名盤」として再評価される。

エルヴィス・コステロ、XTC、フレイミング・リップス、さらにはビーチ・ボーイズのブライアン・ウィルソンまでもがこのアルバムを絶賛し、その影響を公言している。

特に「バロック・ポップ」「サイケデリック・フォーク」「チェンバー・ポップ」といったジャンルの系譜において、ゾンビーズの音楽は不可欠な参照項となっている。ベル・アンド・セバスチャンやオブ・モントリオールなど90年代以降のインディ・ポップにも、その影響は色濃い。

また、近年では『Odessey and Oracle』の再現ライブが行われ、解散から数十年を経てようやく、彼らの音楽が時代と接続されるようになった。

V. 結語──静謐な美の系譜としてのゾンビーズ

ゾンビーズは、60年代英国ロックの喧騒の中で静かに花開き、誰にも気づかれぬまま散った一輪の花であった。だが、その花はのちの時代に種子を落とし、異なる土壌で静かに芽吹いている。

彼らの音楽には、ロックがうるさく叫ばずとも、静謐にして強靭な美を提示できることを示した力がある。

彼らの音楽を聴くとき、われわれは音の背後にある沈黙に耳を澄ますことになる。それは、単なるノスタルジアではない。60年代という時代に対する、静かな問いかけであり、音楽とは何かという根源的な命題への、ひとつの答えなのである。

Posted on 2025-08-05 | Category : コラム, 音楽のこころ | | Comments Closed
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