冬至の漢詩 「冬至」 盛唐 杜甫
[訳:蓬田修一]
[漢文]
冬至 盛唐 杜甫
年年至日長爲客
忽忽窮愁泥殺人
江上形容吾独老
天涯風俗自相親
杖藜雪後臨丹壑
鳴玉朝來散紫宸
心折此時無一寸
路迷何所是三秦
[書き下し]
冬至(とうじ) 盛唐 杜甫
年年至日(ねんねんしじつ)長(つね)に客(かく)と為り
忽忽(こつこつ)たる窮愁(きゅうしゅう)人(ひと)を泥殺(でいさつ)す
江上(こうじょう)の形容(けいよう)吾(われ)独(ひと)り老い
天涯(てんがい)の風俗(ふうぞく)自(みずか)ら相(あい)親しむ
藜(れい)を杖(つ)いて雪後(せつご)丹壑(たんがく)に臨(のぞ)む
玉(ぎょく)を鳴らし朝来(ちょうらい)紫宸(ししん)を散ず
心(こころ)折れて此の時(とき)一寸(いっすん)無し
路迷(みちまよ)う何(いず)れの処(ところ)か是(こ)れ三秦(さんしん)
[現代語訳]
冬至 盛唐 杜甫
毎年冬至の日は常に旅人となり
失意の中の深い悲しみは旅人(である私)を離そうとしない
長江のほとりにたたずむ私の容貌は老いて
故郷を遠く離れた異郷の風俗にも自分から親しんでいる
藜(あかぎ)の杖(つえ)をついて出かけて行き 雪があがった赤い色の谷を見下ろす
都では腰に下げた佩玉(はいぎょく)を鳴らして 朝から朝廷に上っていた臣下たちが紫宸殿(ししんでん)を退席していることだろう
私の心は折れて このとき一寸の大きさ(=心臓の大きさ)さえない
(都の方角を眺めてみたものの)路に迷ってしまい 都長安はどこにあるのか分からない
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