【第4回】KOSENから未来を創造 明石工業高等専門学校「『混ぜる教育』で社会を生き抜く力を育む」 2025年8月12日
高専制度創設第1期校として1962年4月に開校した明石工業高等専門学校(以下、明石高専)は現在、機械工学科、電気情報工学科、都市システム工学科、建築学科の4学科と、機械・電子システム工学専攻、建築・都市システム工学専攻の2専攻を設置している。
明石高専は24年3月、ものづくりの共創拠点「創造工房」を開設。さらに、学生が社会と接しながら取り組む実践教育プログラム「スタートアップアカデミー」を立ち上げ、多彩な事業を展開している。創造工房とスタートアップアカデミーの取組と成果を聞いた。
「創造工房」で大手化学品メーカーと協働
アイデアをすぐ形に
創造工房は、学生がそれぞれの関心事に応じて、学内外と協働でプロジェクトを進める場所だ。既存教室の2フロアを改築し「ハードファブリケーションエリア」(1階)と「ソフトファブリケーションエリア」(2階)で構成されている。
ハードファブリケーションエリアは、3Dプリンタ、UVプリンタ、基板加工機、A0プリンタ、電気工作エリア、塗装ルームなどが設置され、自由にものづくりに打ち込める環境を整えた。
ソフトファブリケーションエリアは、活動規模に応じてエリアを仕切ることができるスライディングウオールがあり、それぞれのエリアに湾曲ディスプレイを複数台設置。アプリ開発、プロジェクト活動、ワークショップなど、学生の多様な活動を支援する。
「思い立ったらまず行動。それが実践できる創造工房では、学生は自分で考えたアイデアをすぐに具現化できるため、思考を形にする力や、改良を加えてブラッシュアップする力が大きく伸びていると感じています」(副校長 梶村好宏教授)
創造工房で学生が取り組んだ事例を3つ紹介する。
「第12回高校生ビジネスプラン・グランプリ」(日本政策金融公庫主催)において、電気情報工学科3年の女子学生2人チームが提案したビジネスプランが、応募総数5151件の中からセミファイナリスト(上位20組)に選出された。歩行時に足にかかる圧力で発電し、モバイル機器を充電する靴「あるくモバ充」を開発・販売するというプランだ。こうした靴があれば、登山や旅行のほか災害時など電力供給が不安定な際も役立つと考え、創造工房を活用し、実験と試作を重ね、今回の快挙となった。
次に、「スタートアップアカデミー」(後述)の事業がきっかけで発足した「義手・義肢支援プロジェクト」だ。2023年に、スタートアップアカデミーで同テーマの講演会を開催。その内容に強い関心を持った有志6人が、創造工房を活用して義手・義肢を製作。現在も地雷で手足を失った被害者に提供するプロジェクトを進めている。
化学品メーカー(株)ダイセルとの協働も実施。学生は同社の研究開発エンジニアとともに、同社主力製品である酢酸セルロースを3Dプリンタ樹脂として活用し、新製品や新サービスのアイデア創出から試作、提案までの一連のプロセスを経験。エンジニアとしてのやりがいや面白さを体感できた。
義手・義肢を製作する学生たち
社会実装の具体的手法を学ぶ
「スタートアップアカデミー」では、失敗を恐れず、リスクに果敢にチャレンジする力を育成できる。社会課題の解決に向けて企業とコラボレーション、試作、改良、商品化まで、具体的な社会実装の手法を学んでいる。これらのプロセスの体験は自信につながり、主体性が醸成されているという。24年度は次の事業を実施した。
起業家などによる講演会(全6回)や淡路島でのスタートアップ合宿、アントレプレナーシップ・プログラム(全17セッション)を行っている。学生はこれらのプログラムを通して課題発見・事業提案のプロセスを体験したり会社経営のフローを疑似体験したりしている。
海外も視野に
近年は「オンキャンパスのグローバル化」を掲げ、専門知識を英語で学ぶ「EMI(English as a Medium of Instruction)」にも力を入れており、キャンパスのグローバル化を推進。海外で活躍したい、留学したい、という学生も増えている。
土居信数校長は「中学校を卒業後、専門科目を5年間、継続して学ぶ高専教育は社会から高く評価されています。明石高専では、これに加えて文化や価値観の異なる海外の学生と交流する機会を積極的に設けた『混ぜる教育』の実践により、社会で活躍する際に求められる『生きる力を育む教育』を行っています」と語った。
教育家庭新聞 教育マルチメディア号 2025年8月12日号掲載
(執筆 蓬田修一)
【第3回】KOSENから未来を創造 神山まるごと高等専門学校「学びも日常も『モノづくりで課題解決』」 2025年7月21日
2023年4月、徳島県の山あいにある、人口約4600の神山町に、高専としては13年ぶりの新設となる「神山まるごと高等専門学校」が開校した。1学年約40人で、今年4月に3期生が入学した。全寮制で学生は寝食を共にしながら授業や課外活動に取り組む。
高専は専門的な内容を学ぶ高等教育機関だ。設置学科は、デザイン・エンジニアリング学科のみ。
教育の柱は、テクノロジー、デザイン、起業家精神の3つ。テクノロジーとデザインの力で魅力的なモノをつくり、チームで問題を解決することで起業家精神を養う。
「大学でこの3分野を学ぶ場合、それぞれの学部が分かれています。私たちは、これらを全部まるごと、1つの学校で学べるようにしたいと考えました。一般的な高校での教育内容は、大学との接続を意識しがちですが、高専は社会と接続できます。15歳から、社会に目を向け、社会でどう活躍したいかを学生たち自身も考えることができます」(神山まるごと高専事務局長 松坂孝紀氏)
ものづくりで問題解決
同校の特色は「モノを作って問題を解決する」ことにある。それは授業や課外活動のほか学生の生活全般において共通している。一例として松坂氏が話したのが、学生寮の洗濯機の共同利用についてだ。
洗濯が終わった後は、次の利用者のために早く衣類を取り出さなければならない。通常は洗濯機の近くに「なるべく早く服を取り出しましょう」などの注意書きが貼られているものだ。
しかし同校の学生は洗濯が終わればスマホに通知するアプリを自作。次の利用者に迅速に伝えている。モノづくりを通じて、学生は問題を解決するための発想の転換を日常的に積み重ねている。
なぜ神山町だったのか
なぜ学校を神山町という山あいの町につくったのか。
「多くの人に、学生時代をふり返って、一番成長できたと感じた時を尋ねました。すると、授業以外の課外活動での経験や人との出会いが、自分自身の価値観に影響を与えた原体験となっていました。
どこで、誰と、どんな生活をしたかが、人生にとって極めて重要なのです。神山町には豊かな自然があり、多彩な取組が行われています。そこに可能性を感じました」
神山町には、移住して創作活動をしているアーティストやサテライトオフィスを設置するIT企業があり、町民にもそのような人々を応援する風土があるという。
「神山町の方々は、学生の新しい取組に『頑張って!』と優しく声をかけてくれます。身近な人たちからの言葉は、学生たちに元気や勇気を与えてくれます」
学びの機会を、授業だけではなく、課外活動、地域住民との交流、寮生活など幅広く捉え、学生が主体的に成長できる様々な機会をできるだけ多く用意。学生が失敗も含めたすべての経験から「まるごと」学習することを重視している。
奨学金基金の運用益で授業料は実質無償化
神山まるごと高専では、家庭の経済状況に左右されず誰もが目指せる学校にしたいという思いから、独自の給付型奨学金(返済不要)の仕組みを構築し、学費の実質無償化を実現した。
スカラーシップパートナーと呼ぶ様々な業種の企業から拠出金を募り、一般社団法人神山まるごと奨学金基金を設立。この資金の運用益から学生に奨学金を給付する。現在、ソニーグループやソフトバンクなど計11社がスカラーシップパートナーとなり、1口10億円の拠出、もしくは長期寄付契約を結んでいる。
現在、およそ100億円の資金を、目標運用益5%で運用。年5億円程度を奨学金として支給できるため、5学年200人では1人につき250万円の給付が可能となる計算だ。同校の学費200万円は希望者全員に給付し、寮費120万円は世帯年収に応じて支給している(最大全額)。
今の教育に必要なのは高速で大量の試行錯誤
今は、社会全体が変革期にある。生成AIの普及などにより数十年後の社会の姿を描くことは一層難しくなった。
「未来が予測不可能である今必要なものは、問題解決のため、手を動かし、形にする試行錯誤を、高速でしかも大量にできる力です。当校は社会の変化スピードに負けないよう、進化し続けていきたいと考えています」
今後、同校の学生たちがどのようなモノづくりを行い社会に実装していくのか、注目したい。
教育家庭新聞 教育マルチメディア号 2025年7月21日号掲載
(執筆 蓬田修一)
【第2回】KOSENから未来を創造 大阪公立大学工業高等専門学校「失敗を恐れず挑戦できる環境に」 2025年6月17日
1963年に創立した大阪公立大学工業高等専門学校(大阪府寝屋川市)。高専全58校のうち公立は3校であり、同校はそのうちの1校。
全国に先駆けて2005年度から1学科制(総合工学システム学科)を取り入れ、ものづくりに関わる企画・設計・生産をトータルに考え、実践できる技術者の育成に取り組んでいる。目的は社会のニーズに応えること。
それまでは機械工学、システム制御工学、電子情報工学、工業化学、建設工学の5学科を設置していたが現在は、総合工学システム学科の中にエネルギー機械、プロダクトデザイン、エレクトロニクス、知能情報の4コースを設置。
1年次は全コース共通の一般科目(英語や基礎数学など)及び専門共通科目(情報など)を学び、2年次から4コースに分かれて専門知識と技術を習得する。
3年次からは「応用専門分野」科目で幅広い分野を学び、学生自身が自分の興味関心を広げて将来の職業に対する意識を高めるようにしている。
学生の成長の場 ロボコンで2連覇
近年の同校の高専ロボコンにおける活躍は目覚ましい。6年連続で全国大会出場を果たし、2023年及び24年大会で2連覇を成し遂げた。
2024年大会の競技テーマは「ロボたちの帰還」。昨今話題となった月面探査機SLIMの「ピンポイント着陸」や、はやぶさ2の「サンプルリターン」などをイメージした競技内容で、ロボット自身が別のロボットを発射して狙った場所に着地させ、発射されたロボットが目的地にあるボールや箱といった形状の異なるオブジェクトを回収。元のロボットが待機する場所に持ち帰る。
同校チームは「安定して迅速にミッションを完了する」コンセプトで設計。細かな調整を迅速に行うためにすべての発射機構を電動化し、正確な着地を目指した。
オブジェクトを回収するロボットには、素早く回収できる機構を装備。回収後はオブジェクトを一気に投げ戻すことで、短時間でミッションを達成できるような工夫を重ねた。
2024年大会での優勝の瞬間
ロボコンは課外活動
同校の安藤太一氏(総合工学システム学科メカトロニクスコース・エレクトロニクスコース講師/生産技術センターIoT&ロボティクス部門長)は、ロボコン参加の意義について、
「ロボコンは単なるロボット制作にとどまらず、チームで協力し、試行錯誤を繰り返して課題を乗り越えるプロセスに価値があります。その過程を通じて、学生は精神的に成長し、協調性を身に付けていきます。技術の習得は授業で可能ですが、人間としての成長はロボコンなどの活動でこそ得られると考えており、大きな意義があると感じています」と話す。
ロボコンへの参加は、学生主体のクラブ活動という位置付け。
失敗を恐れず挑戦し続ける環境づくりが重要と考え、学校として活動場所や活動時間を確保。顧問は主にメンタルケアや相談役を担いロボット制作に関する具体的な指示はしない。
近年ではこのほか「廃炉創造ロボコン」や「キャチロボバトルコンテスト」など様々なロボットコンテストにも挑戦している。
大阪公立大キャンパスへ2027年度に移転
27年度には、大阪公立大学の中百舌鳥キャンパスへの移転が決定している。大学キャンパスの中に高専が存在する全国初のケースとなる。
安藤氏は「先端の工学研究を行っている研究室が徒歩わずか数分のところに存在する環境は高専の学生にとって大きな刺激になる。移転後は大学との連携をさらに進めたい」と抱負を語った。
教育家庭新聞 教育マルチメディア号 2025年6月17日号掲載
(執筆 蓬田修一)
【新連載】KOSENから未来を創造「社会課題を解決に導く人材を育成」 2025年5月20日
中学を卒業後、5年間の一貫教育
いま高等専門学校(高専)が企業や教育関係者の注目を集めている。この連載では全国の高専の取組や魅力について紹介していく。第1回の今回は、高専の概要や特色についてお伝えする。
高専は、中学卒業後の5年間、専門教育を一貫して行う教育機関だ。全国に国公私立合わせて58校(国立51校・公立3校・私立4校)あり全体で約6万人の学生が学んでいる。
15歳から20歳まで大学受験を経験することなく、5年間にわたり集中的に専門教育を施すことで高度な知識や技術を持つ人材を育成するために設置。誕生は1962年だ。
戦後の日本の経済発展を支える科学・技術に対応できる技術者育成の要望が産業界から高まった形で設立された。
各学校には、機械工学科、電気工学科、電子制御工学科、情報工学科、物質工学科、建築学科、環境都市工学科などの工業系の学科を中心に設置。船員養成のための商船学科を設置する学校もある。
また、工学系を基礎としつつ、複数分野を組み合わせた学科を設置している学校もあり、近年はビジネス系学科も増えている。
1、2年生は一般科目(国語、数学、英語など)を中心に学ぶが、学年が上がるにつれて専門科目が増え、5年生では授業のほぼすべてを専門科目が占める。授業は実習・実験を重視しており、大型の実験設備や最新の研究・試作設備が教育内容に合わせて設置されている。
高専生の成長の場各種コンテスト
学生が日ごろ学んできた成果を発揮し、全国の高専生と競い合う「ロボットコンテスト」「プログラミングコンテスト」「デザインコンペティション」「体育大会」などの大会が毎年開催されており、技術の進展とともに新しいコンテストも創設されている。
そのうち「アイデア対決・全国高等専門学校ロボットコンテスト」通称「ロボコン」は1988年に始まり、2024年で37回目を迎えた。「プログラミングコンテスト」は、情報処理における優れたアイデアと実現力を競う大会だ。
「デザインコンペティション」は、構造デザイン、空間デザイン、創造デザイン、CADおよび3Dプリンタによるデザインの4部門で構成される。
「英語プレゼンテーションコンテスト」は、英語でのプレゼンテーション能力の育成が目的。ものづくりや科学技術に関するテーマが多いのは高専のコンテストならではだ。
「ディープラーニングコンテスト」は、ものづくりの技術とディープラーニングを活用した作品を制作し、生み出される事業性を企業評価額で競う。技術力だけではなく、事業性も審査対象としている点が、ほかのコンテストと比べて大きな特徴になっている。
コンテストに参加した高専生は、日ごろ培った知識と技術を基に、企画から製作、実演までチーム一丸となって取り組む。技術者にとって必要な知識やスキルを駆使して臨むコンテスト参加は、学生にとって成長の場となっている。
卒業後は2年間の「専攻科」を設置
高専では5年間(商船学科は5年6か月)の教育課程を「本科」と呼ぶが、卒業後さらに専門的な知識・技術を身につけたい学生に向けて、2年間の「専攻科」がある。
これは1992年に設けられた。専攻科の卒業生には大学と同じ「学士」の学位が授与される。2023年度は本科卒業生の15%が専攻科に進学した。
大学へ編入する学生も多く、本科卒業生の25%が大学へ編入する。特に長岡技術科学大学と豊橋技術科学大学は、専攻科の設置前に本科卒業生の進学先として創設された経緯があり、本科卒業者の多くが進学している。
求人倍率20倍 卒業生の40%が進学
高専の卒業生は産業界から高い評価を得ている。卒業生の就職率は、国立高等専門学校機構によれば毎年ほぼ100%で、求人倍率(ひとりの学生に何社が求人を出しているか)は20倍だ。
飛び抜けた能力を持つ人材を育成
いま各高専では、特色あるカリキュラムで、社会ニーズや地域に貢献できる、実践的かつ創造的人材の育成に力を入れている。
15歳からの早期情報セキュリティ教育で、飛び抜けた能力を持つ情報セキュリティ人材や、社会ニーズに対して自ら課題を発見し、現場から得られる膨大な情報をIoTの活用によって分析し、課題解決できる高度なロボットエンジニアの育成などがその例だ。
また、近年は女子の入学者が増えている。2010年は9359人だったが、23年は1万2718人と36%近く増加した。女性の理工系人材が少ないことが産業界や教育界でしばしば問題となっているが、高専は理系分野の女性人材を数多く社会に送り出しているのだ。
23年4月には、名刺管理サービスを提供するSansan株式会社の寺田親弘社長が中心となり、徳島県神山町に私立の「神山まるごと高専」を開学した。テクノロジーとデザインに加え、起業家育成に重点を置いた全寮制の高専だ。
IT人材不足が課題となっていることもあり、社会の高専への期待は、これまでになく高まっているように感じる。次回から高専教育の具体的な取組について紹介する。
教育家庭新聞 教育マルチメディア号 2025年5月20日号掲載
(執筆 蓬田修一)






